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東京地方裁判所 昭和59年(行ウ)96号 判決

東京都豊島区目白二丁目二〇番五号

原告

濱中利博

右訴訟代理人弁護士

松永渉

大徳誠一

右松永渉訴訟復代理人弁護士

伯母治之

東京都豊島区西池袋三丁目三三番二二号

被告

豊島税務署長

藤田良一

右指定代理人

萩原秀紀

石黒邦夫

藤本和昭

内倉裕二

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五七年一〇月三〇日付けで原告の昭和五五年分の所得税についてした更正及ぶ過少申告加算税の賦課決定を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告の昭和五五年(以下「本件係争年」という。)分の所得税に関する課税処分の経緯は、別表一記載のとおりである。

2  しかしながら、被告のした更正(以下「本件更正」という。)には原告の所得金額を過大に認定した違法があり、したがって、本件更正を前提としてされた過少申告加算税の賦課決定(以下「本件決定」という。)も違法である。

よって、原告は本件更正及び本件決定の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1の事実は認めるが、同2は争う。

三  被告の主張

1  本件更正の適法性

原告の本件係争年分の各種所得金額は、次のとおりであって、本件更正は右金額の範囲内でなされたから、適法である。

(一) 総合課税の総所得金額 六一二万九六三六円

(二) 分離課税の長期譲渡所得金額

分離長期譲渡所得(以下「本件譲渡所得」という。)の金額の明細は、次のとおりである。

(1) 収入金額 三億二〇六二万六二〇六円

右金額は、原告がその所有に係る土地(以下「本件資産」という。)を本件係争年中に譲渡した価額の合計額であり、本件資産、譲渡価額及び譲受人等の明細は別表二記載のとおりである。

(2) 保証債務の履行額 一億〇〇二七万一〇〇〇円

右金額は、原告が本件資産の譲渡代金のうちから訴外株式会社東王(以下「訴外会社」という。)を主債務者とする保証債務の履行をしたにもかかわらず、訴外会社に対する求償権の行使が不可能となった金額であり、所得税法六四条二項により本件譲渡所得の金額の計算上なかったものとみなされる金額である。その明細は別表三の「被告主張額」欄記載のとおりであり、申告額と被告主張額とが相違する理由は、次のとおりである。

〈1〉 東海銀行に対する保証債務の履行

原告は、昭和五五年一月九日、訴外会社を主たる債務者とし、東海銀行(八王子支店)を債権者とする六八一三万七四九〇円の保証債務を履行したが、同日に譲渡した別表二の〈1〉の譲渡代金をもってこれを履行したと認められる金額は六〇〇〇万円であるから、右六〇〇〇万円の限度において所得税法六四条二項が適用される。

〈2〉 三井銀行に対する保証債務の履行

原告は、昭和五五年二月二八日、三井銀行(当時の新宿西口支店、現在は新宿新都心支店)から一億八〇〇〇万円を借り入れ、これをもって、訴外会社を主たる債務者とし、三井銀行を債権者とする一億八〇〇〇万円の保証債務を履行したが、右借入金のうち三〇〇〇万円については、右保証債務の履行に近接した同年四月一五日に別表二の〈2〉の譲渡代金の一部をもって返済しており、右三〇〇〇万円の限度において、「保証債務を履行するため資産の譲渡があった」もの(所得税法六四条二項)と認められる。

〈3〉 東都信用組合に対する保証債務の履行

原告は、昭和五五年二月四日、訴外会社を主たる債務者とし、東都信用組合(新宿支店)を債権者とする二八三七万三三九三円の保証債務を履行したが、このうち一八一〇万二三九三円については、原告が昭和五四年中に東都信用組合に設定した四口の定期預金を解約して充当し、残り一〇二七万一〇〇〇円については、右保証債務履行の直前である昭和五五年一月九日に譲渡した別表二の〈1〉の譲渡代金の一部をもってこれを履行しているから、右一〇二七万一〇〇〇円の限度において、所得税法六四条二項が適用される。

〈4〉 振興信用組合に対する保証債務の履行

原告は、昭和五五年一二月二七日、訴外会社を主たる債務者とし、振興信用組合(本店)を債権者とする一億円の保証債務を履行したが、右返済は、原告が同日付けで三井銀行から借り入れた一億円を充当したものであって、右履行のために本件資産が譲渡された事実はないから、これについては、所得税法六四条二項を適用する余地はない。

(3) 取得費 一六〇三万一三一〇円

右金額は、租税特別措置法(昭和五四年法律第一五号による改正後のもの。以下「措置法」という。)三一条の四の規定により、前記(1)の収入金額に一〇〇分の五を乗じて計算した金額である。

(4) 譲渡費用 八四六万円

右金額は、原告が中央産業株式会社に対して支払った仲介手数料である。

(5) 特別控除額 一〇〇万円

右金額は、措置法三一条二項所定の長期譲渡所得の特別控除額である。

(6) 分離課税の長期譲渡所得金額((1)-(2)-(3)-(4)-(5)) 一億九四八六万三八九六円

2  本件決定の適法性

被告は、本件更正により、原告が新たに納付すべきこととなった税額(更正による増加額)七七六三万円(国税通則法(昭和五九年法律第五号による改正前のもの。以下同じ)一一八条三項の規定により一〇〇〇円未満の端数を切捨て)の全額を同法六五条一項の規定に基づく過少申告加算税の計算の基礎となる税額とし、これに一〇〇分の五の割合を乗じて過少申告加算税の額三八八万一五〇〇円を算出し、これを賦課決定したものであり、原告が、右税額の計算の基礎となった所得金額を過少に申告したことについて同法六五条二項に規定する正当な理由があったと認められないから、本件決定は適法である。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1の冒頭の主張は争う。

同1(一)は認める。

同1(二)(1)は認める。

同1(二)(2)の冒頭の主張は争う。

同1(二)(2)〈1〉は認める。

同1(二)(2)〈2〉のうち、原告が昭和五五年二月二八日三井銀行から一億八〇〇〇万円を借り入れ、これをもって、訴外会社を主たる債務者とし、三井銀行を債権者とする一億八〇〇〇万円の保証債務を履行したこと及び右借入金のうち三〇〇〇万円については同年四月一五日に別表二の〈2〉の譲渡代金の一部をもつて返済されたことは認めるが、その余は争う。残額一億五〇〇〇万円についても所得税法六四条二項を適用すべきである。

同1(二)(2)〈3〉は認める。

同1(二)(2)〈4〉のうち、原告が昭和五五年一二月二七日に訴外会社を主たる債務者とし、振興信用組合を債権者とする一億円の保証債務を履行したこと及び右保証債務の履行は原告が同日付けで三井銀行から借り入れた一億円でされたことは認めるが、その余は争う。右一億円のうち一〇〇〇万円については所得税法六四条二項を適用すべきである。

同1(二)(3)ないし(5)は認める。

同1(二)(6)は争う。

2  同2は争う。

五  原告の反論

被告が認めるもののほか、三井銀行に対する一億五〇〇〇万円の保証債務の履行及び振興信用組合に対する一〇〇〇万円の保証債務の履行についても、所得税法六四条二項を適用すべきである。その理由は、次のとおりである。

1  訴外会社は三井銀行に一億八〇〇〇万円、振興信用組合に三億〇五二四万二九三七円等と多額の債務を負っており、原告はこれらの債務を保証していたところ、訴外会社は昭和五四年一二月二六日に倒産し、資産もなく解散手続がとられたところから、原告は右保証債務の履行を迫られることとなった。

原告は、右保証債務を履行するため、昭和五五年一月九日、その所有していた別表二の〈1〉の土地を学校法人文化学園に二億八二四四万〇二〇六円で売却し、同日に六〇〇〇万円を、同月一六日に二億二二四四万〇二〇六円を受領した。

原告は、右売買代金の一部でもって三井銀行に対する保証債務を履行するつもりであったところ、三井銀行より、三月期決算を目前にひかえており右保証債務履行資金は別途貸与するから預金高確保のため右譲渡代金二億円を定期預金として欲しい旨の強い要請があり、やむを得ず、期間を一年とし、満期がきたら解約し、右保証債務履行資金としての借入金の返済に充てることを言明し、同行もこれを了承した上で、昭和五五年一月一八日に同行に二億円の定期預金(一口一〇〇〇万円、合計二〇口)を設定し、これを実質上担保として昭和五五年二月二八日に一億八〇〇〇万円を同行から借り入れ、同日右保証債務を履行した。

また、振興信用組合に対する保証債務についても、原告は前記定期預金を取り崩して支払えたのであるが、三井銀行の前記事情から、昭和五五年一二月二九日に同行から一億円を借り入れて履行した。

前記定期預金は、満期後の昭和五六年一月一九日に解約され、保証債務履行の際の借入金(昭和五五年二月二八日借入分の残高一億五〇〇〇万円及び同年一二月二九日借入分の一部一〇〇〇万円)の返済に充当された。

2  所得税法六四条二項は、保証債務を履行するために資産を譲渡した場合において、その履行に伴う求償権の行使が不能となったもかかわらず、増加益にそのまま譲渡所得税を課すことは、保証人に実質上の経済的利得、所得がなく担税力がないのに課税するという酷な結果を強いることになるため、所得税の本質と公正、公平の原理から要請された当然の規定と解される。さればこそ、課税実務上、保証債務の履行を借入金で行い、その借入金を返済するために資産の譲渡があった場合においても所得税法六四条二項を適用する取扱いがされている(所得税基本通達六四-五)が、これは資産の譲渡と保証債務の履行との間に直接の因果関係がなくても、実質的に立法趣旨に沿う牽連性ないし因果関係があればよいとしているものである。

してみれば、右に述べたように、経済的弱者の立場にある原告が経済的強者である銀行から預金高確保のため強い要請を受け、本来保証債務の履行に充てるべく調達した土地譲渡代金を定期預金とし、これを担保に別途借入れをし、その借入金により保証債務を一旦弁済し、後日右定期預金を解約して右借入金を返済したとしても、土地譲渡代金の運用、利益を図ったものとみるのは担当ではなく、所得税法六四条二項の趣旨に沿う牽連関係ないし因果関係があるものとして、右条項を適用すべきである。

なお、仮に、三井銀行が原告との約束と形式上異なる帳簿操作を行っていたとしても、原告の全く関与していない銀行内部の形式操作であるから、保証債務履行のための借入金が別表二の〈1〉の土地の譲渡代金を原資とする定期預金で返済されたとの実体が否定されるものではない。

六  原告の反論に対する認否及び被告の再反論

1  原告の反論1のうち、訴外会社が三井銀行に一億八〇〇〇万円、振興信用組合に三億〇五二四万二九三七円等と多額の債務を負っていたこと、原告がこれらの債務を保証していたところ、訴外会社が昭和五四年一二月二六日に倒産し、資産もなく解散手続がとられたこと、原告が昭和五五年一月九日、その所有していた別表二の〈1〉の土地を学校法人文化学園に二億八二四四万〇二〇六円で売却し、同日に六〇〇〇万円を、同月一六日に二億二二四四万〇二〇六円を受領したこと、原告が昭和五五年一月一八日に三井銀行に二億円の定期預金(一口一〇〇〇万円、合計二〇口)を設定したこと、原告が昭和五五年二月二八日に三井銀行から一億八〇〇〇万円を借り入れ、同日同行に対する保証債務を履行したこと、原告が昭和五五年一二月二九日に三井銀行から一億円を借り入れて振興信用組合に対する保証債務を履行したこと及び前記定期預金が満期後の昭和五六年一月一九日に解約されたことは認めるが、原告が前記定期預金を解約して保証債務履行の際の借入金(昭和五五年二月二八日借入分の残高一億五〇〇〇万円及び同年一二月二九日借入分の一部一〇〇〇万円)の返済に充当したことは否認し、その余の事実は知らない。

右定期預金二〇口のうち四口は、昭和五六年一月一九日に満期により新たに四口の定期預金に継続されており、一五口の定期預金は、昭和五五年九月五日にいわゆるダブル定期預金設定のための借入金の担保に提供された上、昭和五六年一月一九日に満期により右借入金の返済に充当されている。残りの一口の定期預金は、昭和五五年五月三〇日に月末の諸払い資金のための借入金一〇〇〇万円の担保に提供されており、昭和五六年一月一九日に満期により右借入金の返済に充当されている(仮に、右一〇〇〇万円が右一億八〇〇〇万円の返済に充てられたとしても、原告は一年以上も右金員を定期預金として別途運用していたのであるから、このような場合には、社会通念に照らして、もはや所得税法六四条二項にいう「保証債務を履行するため資産の譲渡があった場合」に該当しないというべきである。)。

2  同2は争う。

所得税法六四条二項は、資産の譲渡が保証債務を履行するためであることとともに、当然右譲渡代金でもって保証債務が履行されることを要件としているものと考えられる。してみると右特例の適用を受けるためには、まず、保証債務を履行するために資産を譲渡し、社会通念上相当期間内に右譲渡代金でもって保証債務を履行することが必要であり、実質的に同じであるからとして譲渡代金ではなく他の資金で保証債務を履行した等の場合は勿論、譲渡代金を一旦何らかの方法で利用、運用した後に保証債務の履行に充てた場合等も前記特例の適用を受け得ないものと解するのが相当である。けだし、かかる場合には、客観的にみて「保証債務を履行するために資産を譲渡した」ものとは認め難いからであって、資産の譲渡と保証債務の履行の間に直接的因果関係の存することが必要と解されるからである。

なお、課税実務上、一時的に借入金により保証債務を履行し、その後、不動産を譲渡してその借入金を返済するような場合であっても右特例の適用を認めることもあるが、これは譲渡しようとする資産が、その者の居住用の不動産であるなど、その譲渡について一般に相当長期間を要するような場合において、保証債務の履行を求められたためにやむを得ず一時的に借入金でその保証債務を履行しておき、その後、その不動産を譲渡してその借入金を返済するなどの、所得税法六四条二項を適用しないとすることが形式的に過ぎると認められる特殊な場合に限って、いわば例外規定の更に例外的取扱いを認めているのであって、一般的にかかる例外的取扱いが認められているものではない。

前述のように、昭和五五年一月一八日に設定された定期預金は借入金の返済に充当されていないから、原告の主張は前提事実において既に誤っている。また、本件のように既に譲渡代金を受領し、これでもって保証債務を履行しようと思えばいつでも履行できる状況にありながら、これを定期預金とし、その後一月ないし一一月以上も経てから借入金でもって保証債務を履行したという事案にあっては、仮に一年後に定期預金を解約して右借入金の返済に充てたとしても例外的取扱いを認めることはできない。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1の事実は、当時者間に争いがない。

二  そこで、本件更正に原告の所得金額を過大に認定した違法があるかどうかについて検討する。

1  被告の主張1のうち、(一)、(二)の(1)、(3)ないし(5)については、当事者間に争いがない。

2  そこで、所得税法六四条二項が適用され本件譲渡所得の計算上なかったものとみなされる金額(被告の主張1(二)(2))について検討する。

(一)  被告の主張1(二)(2)の〈1〉及び〈3〉については、当時者間に争いがない。

(二)  原告は、右のほか、三井銀行に対する保証債務の履行として支払われた一億五〇〇〇万円及び振興信用組合に対する保証債務の履行として支払われた一〇〇〇万円についても所得税法六四条二項を適用すべき旨を主張するので検討する。

(1) 訴外会社が三井銀行に一億八〇〇〇万円、振興信用組合に三億〇五二四万二九三七円等と多額の債務を負っており、原告がこれらの債務を保証していたこと、訴外会社が昭和五四年一二月二六日に倒産し、資産もなく解散手続がとられたこと、原告が昭和五五年一月九日、その所有していた別表二の〈1〉の土地を学校法人文化学園に二億八二四四万〇二〇六円で売却し、同日に六〇〇〇万円を、同月一六日に二億二二四四万〇二〇六円を受領したこと、原告が昭和五五年一月一八日に三井銀行に二億円の定期預金(一口一〇〇〇万円、合計二〇口)を設定したこと、原告が昭和五五年二月二八日に三井銀行から一億八〇〇〇万円を借り入れ、同日同行に対する保証債務を履行したこと、右借入金のうち三〇〇〇万円については昭和五五年四月一五日に別表二の〈2〉の譲渡代金の一部をもって返済されたこと、原告が昭和五五年一二月二九日に三井銀行から一億円を借り入れて振興信用組合に対する保証債務を履行したこと及び前記定期預金が満期後の昭和五六年一月一九日に解約されたことについては当事者間に争いがなく、右争いのない事実、前記当事者間に争いがない被告の主張1(二)(2)の〈1〉及び〈3〉の事実に成立に争いのない甲第一三号証、原本の存在及びその成立に争いのない乙第九号証の二、第一五号証の二、第一六号証の三、五、七、九、一一、一三、一五、一七、一九、二一、二三、二五、二七、二九、三一、第一八号証の二四及び第二三号証の一、二、証人鈴木敏文の証言によって真正に成立したものと認められる甲第八号証、同証言によって原本の存在及びその成立を認めることができる乙第一号証の一、二、第二号証、第三号証の一、三、第四号証ないし第八号証、第九号証の一、第一〇号証ないし第一二号証、第一四号証の一、六、第一五号証の一、四、第一六号証の一、二、第一七号証の二、第一八号証の一、六、第一九号証ないし第二二号証、第二四号証の一ないし四及び第二五号証の一ないし九証人小林一夫の証言によって原本の存在及びその成立を認めることができる乙第一七号証の一、証人原幸の証言によって原本の存在及びその成立を認めることができる乙第九号証の一、原本の存在及び不動文字の部分の成立については当事者間に争いがなく、その余の部分については証人鈴木敏文の証言によって成立を認めることができる乙第九号証の三、第一五号証の三及び第一六号証の四、原本の存在及び不動文字の部分の成立については当事者間に争いがなく、その余の部分については弁論の全趣旨によって成立を認めることができる乙第一六号証の六、八、一〇、一二、一四、一六、一八、二〇、二二、二四、二六、二八、三〇、三二及び第一八号証の三、五、原本の存在については当事者間に争いがなく、原告の署名及び名下の印影が原告の印章によるものであることは当事者間に争いがないから真正に成立したものと推認される乙第三号証の二、第一四号証の二ないし五及び第二九号証の六(原告本人尋問の結果によれば、預金担保差入証たる乙第三号証の二、第一四号証の二ないし五について、原告は白紙に署名、押印して銀行の担当者に渡していたことが認められるが、証人鈴木敏文の証言によれば、三井銀行の担当者は、どの定期預金を担保に入れるか原告の確認をとったうえで、預金担保差入証のうち原告の署名、押印を除く部分を記載していたことが認められるから、右部分は三井銀行の担当者がいわば原告の手足として記載したものというべきであり、前記認定の事実も右推認を覆すに足りないものというべきである。)、証人鈴木敏文、同小林一夫及び同福田隆一の各証言、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を併せると、本件資産の譲渡、保証債務履行の経緯等について、以下の事実を認めることができる。

〈1〉 原告が代表取締役をしていた訴外会社は、昭和五四年四月ころ、所持していた手形が不渡りになったため、事実上倒産し、資産もなかったため同年一二月二六日に開催された株主総会の決議により解散した。原告は、訴外会社の三井銀行に対する一億八〇〇〇万円の債務及び訴外会社の振興信用組合に対する三億〇五二四万二九三七円の債務等について連帯保証していたため、自己の所有する土地を売却して訴外会社の債務を整理しようと考え、学校法人文化学園と土地の売買について交渉を行った結果、昭和五五年一月九日に、別表二の〈1〉の土地を二億八二四四万〇二〇六円で売却する旨の契約が成立し、原告は同日に六〇〇〇万円を、同月一六日に二億二二四四万〇二〇六円を受領した。なお、原告は三井銀行新宿西口支店の支店長及び担当者に対して、保証債務を履行するために右土地を売却する旨を伝えていた。

〈2〉 原告が昭和五五年一月九日に受領した六〇〇〇万円は、同日三井銀行新宿西口支店にある原告の当座預金口座に入金された後、直ちに右口座から六八一三万七四九〇円が払い戻されて、東海銀行に対して保証債務の履行として支払われた。また、原告は、同月一一日に右当座預金から引き出された三〇〇万円をもって同支店において同額の定期預金(取引番号六〇)を設定した。

原告が同月一六日受領した二億二二四四万〇二〇六円は、同日三井銀行新宿西口支店にある原告の当座預金口座に入金された後、直ちに右口座から二億二〇〇〇万円が払い戻され、右金員をもって同支店において通知預金が設定された

〈3〉 原告は、別表二の〈1〉の土地の譲渡代金で三井銀行等に対する保証債務を履行するつもりであったが、三井銀行の担当者から保証債務の履行資金は貸し出すので右譲渡代金で定期預金を設定して欲しいとの要請を受け、また、原告自身も定期預金を設定することによって訴外会社が所有していた裏磐梯の土地を三井グループに買ってもらう圧力としようと考えたため、右要請を受け入れて、同月一八日に、三井銀行新宿西口支店において前記通知預金から二億円を払い戻し、右金員をもって満期を昭和五六年一月一八日とする一〇〇〇万円の定期預金二〇口(取引番号六三ないし八二)を設定した。なお、右通知預金の残金二〇〇〇万円をもって昭和五五年一月二三日に定期預金(取引番号八四)が設定されたが、右定期預金は同年二月一日に解約されて三井銀行新宿西口支店にある原告の当座預金口座に入金された。そして、同月四日に右口座から一〇二七万一〇〇〇円が払い戻され、右金員は東都信用組合に対して保証債務の履行として支払われた。

〈4〉 原告は、昭和五五年二月二八日に、従来から担保とされていた一億六三〇〇万円の定期預金に加えて新たに一七〇〇万円の定期預金(取引番号六三ないし八二以外のもの)を担保に供して、手形貸付けの方法で三井銀行から一億八〇〇〇万円を借り入れ(返済期日は同年八月三一日)、この借入金で原告の同行に対する一億八〇〇〇万円の保証債務を履行した。右借入金のうち三〇〇〇万円は、同年四月一五日に別表二の〈2〉の土地の譲渡代金で返済された。その後、原告が同年五月三〇日に取引番号八二の定期預金を担保として一〇〇〇万円を借り増したため、借入金は合計一億六〇〇〇万円となったが、右借入金は、同年八月二八日に同年一一月二八日を返済期日とする同額の借入金に借り替えられた後、同年一〇月一日に二〇〇〇万円が、同月三日に一〇〇〇万円が返済された。残額一億三〇〇〇万円については、同年一二月一一日及び同月三一日にそれぞれ借り替えられた後、昭和五六年一月一九日に取引番号八二の定期預金を満期解約して一〇〇〇万円が返済され、その後同日の借り替え、同年三月二三日の一五〇〇万円の返済を経て、同年四月二二日に残額一億五〇〇万円が借り替えられている。

〈5〉 また、原告は、昭和五五年九月五日に、三井銀行の担当者からの勧めによって、取引番号六〇、六七ないし八一の定期預金を担保として一億八〇〇〇万円を同行から借り入れていわゆるダブル定期預金(金利の低下が予想されるときに、現在のある定期預金を担保として借入れをし、右借入金を原資として設定される定期預金)を設定した。そして、右借入金は、昭和五六年一月一九日に担保とされた定期預金の満期解約払戻金で返済された。

〈6〉 原告は、昭和五五年一二月二九日に三井銀行から一億円を借り入れて、振興信用組合に対する保証債務を履行した。右借入金については、昭和五六年一月二三日に取引番号八三の定期預金の満期解約払戻金一〇〇〇万円が返済に充当されただけで、残額九〇〇〇万円は同年一月三一日及び同年五月六日に借り替えの手続が行われている。なお、右の取引番号八三の定期預金は、昭和五四年一月二三日に設定された定期預金が書き替えられたものである。

〈7〉 三井銀行新宿西口支店における取引番号六三ないし八二の二〇口の定期預金のうち、取引番号八二の定期預金は前記〈4〉のとおりの満期に解約されて借入金の返済に充てられ、また、取引番号六三ないし六六の定期預金は一旦解約された後、右解約払戻金をもって新たに一〇〇〇万円の定期預金四口(取引番号一三四ないし一三七)が設定され、さらに、取引番号六七ないし八一の定期預金は前記〈5〉のとおり満期に解約されて借入金の返済に充てられた。

以上の事実を認めることができる。

(2) ところで、原告は、別表二の〈1〉の土地の譲渡代金の一部でもって三井銀行に対する保証債務を履行するつもりであったところ、三井銀行より、三月期決算を目前にひかえており右保証債務履行資金は別途貸与するから預金高確保のため右譲渡代金二億円を定期預金として欲しい旨の強い要請があり、やむを得ず、期間を一年とし、満期がきたら解約し、右保証債務を履行するために借り入れた金員の返済に充てることを言明し、同行もこれを了承した上で、二億円の定期預金を設定し、これを実質上担保として昭和五五年二月二八日に一億八〇〇〇万円を同行から借り入れ、同日右保証債務を履行したのであり、また、振興信用組合に対する保証債務についても、原告は前記定期預金を取り崩して支払えたのであるが、三井銀行の前記事情から、昭和五五年一二月二九日に同行から一億円を借り入れて履行したのであって、前記定期預金は、満期後の昭和五六年一月一九日に解約され、保証債務履行の際の借入金の返済に充当された(昭和五五年二月二八日借入分の残高一億五〇〇〇万円及び同年一二月二九日借入分の一部一〇〇〇万円)のであるから、右一億六〇〇〇万円についても所得税法六四条二項を適用すべき旨を主張する。 しかしながら、前記認定の事実によれば、本件資産の譲渡代金のうち、保証債務の履行あるいは保証債務を履行するために借り入れられた金員の返済に充てられたのは、昭和五五年一月九日に東海銀行に対して支払われた六八一三万七四九〇円のうちの六〇〇〇万円、昭和五五年二月四日に東都信用組合に対して支払われた一〇二七万一〇〇〇円、昭和五五年四月一五日に三井銀行に対して支払われた三、〇〇〇万円及び昭和五六年一月九日に三井銀行に対して支払われた一〇〇〇万円の合計一億一〇二七万一〇〇〇円を超えることはないということができる(なお、原告は、二億円の定期預金を設定する際に、三井銀行の担当者に対して保証債務を履行するための借入金は右定期預金で返済すると伝えていたし、右定期預金が満期になった際には、満期解約払戻金で右借入金を返済するよう指示し、三井銀行の担当者からも右指示に従った処理をしたと報告を受けた旨を供述するが、原告は、一方では、借入れをする際にどの定期預金を担保に入れるか、どういう形で借入金を返済するかは三井銀行の担当者に任せていた、保証債務を履行するための借入金が別表二の〈1〉の土地の譲渡代金を原資とする二億円の定期預金で返済されたか確認していない旨を供述しているのであって、この供述に照らすと、原告の前記供述を採用することはできない。また、原告は、三井銀行との取引において、どの定期預金がどの借入金の担保となっていたか、借入金がどのように返済されたか分からなかった旨を供述するが、右供述は前掲各証拠、特に証人鈴木敏文の証言に照らし採用できない。)。したがって、別表二の〈1〉及び〈2〉の土地のうち、右に記載した金員に対応する部分以外の部分については、保証債務を履行するために資産が譲渡されたといえないことは明らかである。そして、右に記載した金員のうち、昭和五六年一月一九日に三井銀行に対して支払われた一〇〇〇万円を除いて、被告は、所得税法六四条二項の適用を認めているので、右一〇〇〇万円について所得税法六四条二項を適用することができるかどうか検討するに、別表二の〈1〉の土地を売却した原告の主観的意図はともかくとして、原告は、三井銀行に対する保証債務を履行した昭和五五年二月二八日以前に右一〇〇〇万円を含む別表二の〈1〉の土地の譲渡代金を全額受領し、この金員をもって定期預金を設定していたのであるから、定期預金を設定せずあるいは定期預金を解約して保証債務の履行に充てることが十分可能であったにもかかわらず、同行の担当者からの要請があったとはいえ、敢えて借り入れをして保証債務を履行し、右譲渡代金を定期預金として一年間にわたって運用し、利息を受領する等の経済的利益を受け、あるいは裏磐梯の土地の売却を有利に運ぼうとしたものということができるのであるから、別表二の〈1〉の土地のうち右一〇〇〇万円に対応する部分についても保証債務の履行のために資産の譲渡があったと認めることはできないものというべきである。

なお、課税実務上、借入金により保証債務を履行し、不動産を譲渡してその借入金を返済するような場合であっても、所得税法六四条二項の適用を認める扱いがされることがあることは、当事者間に争いがないが、弁論の全趣旨によれば、右取扱いは、保証債務を履行する際には不動産が譲渡されていない場合に関するものであることが認められるから、不動産が譲渡され、その譲渡代金を受領したあとに借入金で保証債務を履行したという本件に右取扱いが適用される余地はないというべきである。

したがって、原告の右主張を採用することはできない。

(3) 以上によれば、被告が認めるもののほかに所得税法六四条二項が適用される余地はないといわざるを得ない。

3  右に判示したところによると、原告の本件係争年分の総合課税の総所得金額は六一二万九六三六円、分離課税の長期譲渡所得金額は一億九四八六万三八九六円となるところ、本件更正は右金額の範囲内でされたものであるから、本件更正には原告の所得金額を過大に認定した違法はない。

三  本件決定の適法性について

本件更正によって原告が新たに納付すべきこととなった税額七七六三万円(国税通則法一一八条三項の規定により一〇〇〇円未満の端数切捨て)を過少申告加算税の対象とし、これに国税通則法六五条一項が規定する一〇〇分の五を乗じると三八八万一五〇〇円となるから、右金額と同額の過少申告加算税を賦課した本件決定は適法である。

四  結論

よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宍戸達徳 裁判官 北澤晶 裁判官中山顕裕は転補のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 宍戸達徳)

別表一

本件課税処分の経緯

〈省略〉

別表二

本件資産譲渡の内訳

〈省略〉

別表三

保証債務の内訳

〈省略〉

(注) 主たる債務者は、いずれも原告が代表取締役であった訴外株式会社東王である。

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